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明治の古写真

「スティルフリードが見た日本」




上野山より不忍池を望む
( 明治12年頃/c1879  撮影:R.スティルフリード  鶏卵紙  239×190弌 




 JJCIIフォトサロンでは、来る2005年2月1日(火)から2月27日(日)まで、明治の古写真 「スティルフリードが見た日本」を開催します。当フォトサロンでは、過去11回にわたって古写真の展覧会を開催し、大変好評を得ています。今回は、明治時代に日本各地をまわり多くの写真を残した写真家、スティルフリード(Baron Raimund von Stillfried-Ratenicz)に焦点をあて、彼の眼を通して写し出された美しい日本の風景をご紹介します。

 1839年オーストリア帝国生まれのスティルフリードは、明治4年(1871)に横浜で写真館を開きました。同年10月には横浜を拠点に箱根や東京までの道のりをそれぞれ撮影し、翌年5月には横浜から神戸へ向けて船で出港し、大阪と京都経由で長崎に向かいました。その間も多くの撮影を行っています。今回の展示では、この頃撮影されたと思われるスティルフリードの美しい風景写真約70点を、すべて貴重なオリジナルプリントで展示いたします。この中には通称「マンモス・プレート」と呼ばれる当時としては珍しい全紙サイズ程の大判彩色写真も含まれています。当時はネガからの密着焼きであったため、このような全紙サイズ程の大判写真を作成するには、カメラはネガより一回り大きくなければなりませんでした。また、スティルフリードが日本各地を撮影した1870年代はまだ湿板コロジオン技法での撮影であったため、ネガの精製や現像はその場で行わなくてはならず、戸外で撮影する際はカメラのほかに暗室用具一切を持ち運ぶという大変な労力が必要でした。スティルフリードも何人かの助手を引き連れ、巨大なカメラや機材一式とともに撮影に向かったようです。

 もともと画家志望で画法を学んでいたスティルフリードの写真はとても優美で、その風景に溶け込む人々は、まるで描かれようにそこに佇んでいます。約130年前の日本の姿を、彼独自の構図や絵画のような美しい写真でお楽しみ下さい。


●スティルフリード (Baron Raimund von Stillfried-Ratenicz)

 1839年オーストリア帝国のコモタウ(現在のチェコ共和国北部)生まれ。明治4年(1871)に横浜で写真館を開業するが、明治10年(1877)火災に遭い焼失。同年、横浜にあったF.ベアト(1825〜1904?)の写真館をネガや写真機材、顧客リストも含めて譲り受ける。また、明治5年(1872)に北海道開拓使の御用写真家として雇われ北海道を撮影し、明治11年(1878)には大蔵省紙幣局のお雇い外国人として写真や石版、銅板の印刷技術を印刷局の技術者に半年間指導した。明治14年(1881)上海に移住。明治16年(1883)ウィーンへ戻る。明治44年(1911)8月12日ウィーンにて逝去。享年72歳。



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