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本橋 成一 作品展 

「サーカスの時間」







関根サーカス 1976年11月 静岡県沼津市
本橋成一



 JCIIフォトサロンでは、来る2006年10月31日(火)から11月26日(日)まで、本橋成一作品展「サーカスの時間」を開催いたします。

 日本では明治以降、庶民の娯楽として定着していったサーカスは、戦争による芸人の徴兵や猛獣の銃殺・毒殺で一気に衰退し、昭和23(1948)年の児童福祉法制定では「公衆の娯楽を目的として曲馬または軽業を行う業務」に満15歳未満の児童を使用する事が禁止され、年少期に芸を仕込まなければならないサーカスにとって、芸の後継者を育てることが困難な状況になります。その後サーカス団は増減を繰り返しますが、最盛期に30以上もあった団体が、現在ではわずか4団体が活動するのみとなっています。

 本橋氏が日本のサーカスを撮り始めたのは1976年のことでした。「当時、日本は高度経済成長の最盛期でもあり、町や村の風景が毎日のように変わっていった。そして、日本中が小奇麗に便利になった分だけ"無駄"な時間と場所が確実に消えていった。そんな状況の中で出会ったサーカスはぼくにとって久しぶりに居心地のいいところだった。ともかく、そこには"無駄"な時間と場所が嫌というほどあったからだ。」市井の人々の生き様を写真に収めてきた氏はサーカスに集う人々に被写体としての魅力を感じ、その後約4年間にわたり日本各地で公演をするサーカス団(カキヌマサーカス・キグレサーカス・木下サーカス・関根サーカス・サーカス東京・矢野サーカス)を撮影しました。

 今回の作品展では、1976年から約4年間にわたり撮影した日本のサーカス団の作品をまとめた写真集『サーカスの時間』の中から、団員や動物たちのテントでの生活の様子、緊張感漂う練習風景、舞台袖から会場をのぞく芸人たちの真剣な面持ち、スポットライトを浴びて芸をする象の巨大な後ろ姿、息をのみ舞台を見守る観客、ショーが終わって夕闇に包まれるテントなど、約70点(全作品モノクロ写真)を展示します。
この作品展に合わせて11月18日(土)、作者である本橋成一氏と元『アサヒカメラ』編集長である岩田一平氏をお招きし、トークショーを開催します。詳細はこちらから

本橋 成一 (もとはし せいいち)
 東京都東中野生まれ。'63年、自由学園卒業。 九州・北海道の炭鉱の人々を撮り始め、その作品『炭鉱〈ヤマ〉』で、'68年第5回太陽賞受賞。以後、サーカス、上野駅、築地魚河岸、大衆芸能など、市井の人々の生きざまに惹かれ写真に撮り続ける。'91年からチェルノブイリ原発とその被災地ベラルーシに通い始め、汚染地域で暮らす人々を撮影。'95年『無限抱擁』で日本写真協会年度賞、写真の会賞を受賞。'98年、写真展「ナージャの村」で第17回土門拳賞受賞。同じく汚染地に暮らす村人をテーマにしたドキュメンタリー映画「ナージャの村」を初監督。ベルリン国際映画祭に招待されるなど、国内外で高い評価を得る。'02年、二作目映画「アレクセイと泉」で52回ベルリン国際映画祭にてベルリナー新聞賞及び国際シネクラブ賞受賞。その他、第12回サンクトペテルブルグ映画祭でグランプリなど受賞多数。'02年11月、雑誌の連載で開戦前のイラク国内を旅する。翌年『イラクの小さな橋を渡って』(池澤夏樹氏共著)を緊急刊行。'03年、毎日新聞にて"生命の旋律"を一年間連載。'04年ロシア国立図書館の招喚により写真展"ナジェージダ〈希望〉"開催。チェルノブイリ三部作に合わせて、「生命の旋律」からも展示。大きな反響を呼ぶ。'04年、写真集『生命の旋律〜本橋成一が撮る人間の生き様集〜』(毎日新聞社)刊行。'06年3月公開の三作目映画「ナミイと唄えば」は、歌と三線一本で流浪の人生を送ってきた石垣島のおばあを描いている。


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