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〜150年を遡る幻の古写真〜

「下岡蓮杖の世界」


「水道橋」   明治4年(1871) 鶏卵紙 179×211 mm
後方に架かるのは神田上水の掛樋(かけひ)である。井の頭の浄水を水路で渡していた。



 JCIIフォトサロンでは、古写真シリーズの21回目として、来る2012年7月31日(火)から9月2日(日)まで、「 〜150年を遡る幻の古写真〜 下岡蓮杖(しもおかれんじょう)の世界」を開催いたします。
下岡蓮杖は、鵜飼玉川(うかいぎょくせん)や上野彦馬(うえのひこま)と並び、日本の営業写真師の開祖の一人として、日本の写真界の発展に大きく貢献しました。今年は、文久2年(1862)に蓮杖が横浜で営業写真館を開業してから、ちょうど150年目にあたります。

 文政6年(1823)に伊豆下田で生まれた蓮杖は、画家を志し江戸で狩野派に学んでいましたが、ある時銀板写真と出会い、その精巧な画像に魅せられて写真技術の習得を決意したと言われています。そして長年にわたる試行錯誤の後にようやく湿板写真技術を習得し、文久2年(1862)に横浜で初の営業写真館を開業しました。写真館では来日した外国人相手に、肖像写真の撮影や日本の風景や風俗写真をお土産として販売することが人気を呼び、大変繁盛したようです。多くの弟子にも恵まれ、明治時代の高名写真師を多く輩出しました。

 明治9年(1876)には東京に移住し、晩年は写真館の背景に使う書割(かきわり)を描くことに専念したため、蓮杖が撮影した写真は、幕末から明治初期のものばかりで、現在では大変貴重なものとなっています。当館では、平成18年(2006)に入手したフランス製の写真帖の中に、黒地に白抜きでネガ番号と英語・カタカナ表記の地名が焼き込まれた大変珍しい蓮杖撮影による六切大写真10枚が見つかり、これをフォトサロンにて翌年に展示いたしました。この10枚は、明治4年(1871)に蓮杖の一番弟子である横山(よこやま)松(まつ)三郎(さぶろう)が明治政府より依頼された、荒廃しつつある江戸城の撮影に、蓮杖が同行して撮ったものです。この写真の種板は蓮杖の弟子が保管していましたが、昭和20年(1945)の東京大空襲で焼失してしまい、紙焼きした写真もそれまで発見されていませんでした。

 さらにこの展示後、同じ形態の写真8枚を新たに当館で入手することができたため、今回は、現在国内でお見せできる唯一の、蓮杖撮影による江戸城周辺の六切大写真、全18枚を展示いたします。この他に、当時販売していた蓮杖撮影による日本の風景・風俗の写真に加え、蓮杖が晩年に描いた絵や手作りの香合などを含めた、全約70点をご覧いただきます。

 画家でもあった蓮杖の写真は、人物の配置やポーズのつけ方が独特で、風景写真はどこか日本画の構図を連想させます。このような写真とともに、画家や芸術家としての蓮杖作品をご覧いただくことで、彼の創り出す世界の魅力を堪能していただけると思います。150年の時を遡る、幻の古写真の数々をお楽しみ下さい。

下岡 蓮杖(しもおか れんじょう)
文政6年(1823)伊豆下田生まれ。文久2年(1862)横浜野毛に写真館を開設、翌年店舗を横浜弁天通りに移転。多くの弟子に恵まれ、横山松三郎、臼井秀三郎、鈴木真一、江崎礼二、中島待乳ら明治時代の高名写真家をも輩出した。写真館の成功を受け、乗合馬車事業や乳牛飼育、コーヒー店やビリヤード場などの新事業にも手を出すが失敗する。明治9年(1876)には写真館を廃業し、東京・浅草に移住。晩年は、写真館の背景に使う書割を描くことを専門とした。大正3年(1914)3月3日逝去。享年92歳。

この展示に合わせて、古写真収集家の石黒敬章氏をお招きし、古写真研究家(日本カメラ博物館)の井桜直美氏とのトークショー「下岡蓮杖を語る 」を2012年8月25日(土)に開催いたします!是非ご参加ください。(※要電話予約)


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