吉岡専造作品展「人間零歳」
JCIIフォトサロンでは、2005年6月28日(火)から7月24日(日)まで、元朝日新聞出版写真部の名物部長で本年5月2日に惜しまれつつ亡くなられた吉岡専造氏の作品展、「人間零歳」を開催いたします。
1939年に東京朝日新聞社に入社した吉岡氏は、1940~41年に中国大陸で戦線取材、42年からは海軍報道班員、44年には陸軍報道班員として各戦地を取材します。自ら企画し体当たりで取材するという経験は、その後のカメラマン人生においての大きな原動力となります。戦後は大束元、船山克とともに朝日新聞出版局写真部の三羽烏といわれ、戦後ジャーナリズム写真の代表的な写真家の一人として、華々しく活躍されました。
今回の作品展では、1956年の実子の誕生から1年間、出張免除の承諾を得て一日も欠かさず撮り続けた写真を妻の育児メモと共に綴った写真集『人間零歳』のなかから、誕生後産湯を使う様子、目を閉じてお乳を飲む時の幸せそうな横顔、両足をばたつかせ日光浴を愉しむ様子、お薬を口に含んだ後の苦い表情、ぬいぐるみを相手に一人遊びをする後ろ姿、つたい歩きの不安定な立ち姿、大人のまねをして新聞紙を広げたときのしかめ面など約80点(全作品モノクロ)に、母親の育児の不安や奮闘をうかがわせる育児メモを添えて展示します。
わが子の成長記録を、多いときはフィルム2本、少ないときは寝顔を2枚、365日で約7,000枚も撮影されました。生き生きと動き回る子どもを追うまなざしはとても優しく、発見と驚きに満ちていて、ほとんどが自宅撮影という制約にもかかわらず一日として同じ写真はありません。零歳の成長の早さと表情の豊かさに、人間のたくましさと生命の不思議を感じることができます。
このたびは急逝された吉岡専造氏を悼み、代表作約10点を併せて展示いたします。
吉岡 専造 (よしおか せんぞう)
1916年12月15日、東京都生まれ。1939年、東京高等工芸学校(現・千葉大学工学部)印刷科写真部選科修了。1939年、朝日新聞東京本社入社、編集局写真部勤務。1947年、出版局写真部へ。1959年より1971年の定年退職まで写真部部長を務める。1977~1991年、JAF(自動車連盟)会報の写真ページを担当。主な著作に『人間零歳』(二見書房 1960年)、『吉田茂』(朝日新聞社 1967年)、『吹上の自然』(朝日新聞社 1980年)、『素顔の昭和天皇』(朝日新聞社 1996年)。主な展覧会に「人間零歳 眞司君の365日」(日本橋高島屋店 1957年)がある。毎日写真賞特別賞(1957年)、日本写真協会功労賞(2003年)受賞。2005年5月2日、逝去。
タイトル
吉岡専造作品展「人間零歳」
開催期間
2005年6月28日(火)~7月24日(日)
展示内容
1956年の実子の誕生から1年間、一日も欠かさず撮り続けた写真を妻の育児メモと共に綴った写真集『人間零歳』のなかから、誕生後産湯を使う様子、目を閉じてお乳を飲む時の幸せそうな横顔、両足をばたつかせ日光浴を愉しむ様子、お薬を口に含んだ後の苦い表情、ぬいぐるみを相手に一人遊びをする後姿、つたい歩きの不安定な立ち姿、大人のまねをして新聞紙を広げたときのしかめ面など約80点(全作品モノクロ)に、氏の代表作約10点を併せて展示。
展示点数
約90点(全作品モノクロ)
図録販売
今回展示される作品を収めた図録を制作し、フォトサロン受付にて販売します。または通信販売もご利用いただけます。
図録はこちら
開館時間
10:00~17:00
休館日
毎週月曜日(祝・祭日の場合は開館)
入館料
無料
所在地:102-0082 東京都千代田区一番町25番地 JCIIビル
交通機関
- 東京メトロ◎半蔵門線半蔵門駅下車 4 番出入口より徒歩 1 分
- 東京メトロ◎有楽町線麹町駅下車 3 番出入口より 徒歩 8 分
- 都営バス「都03 (四谷駅 – 半蔵門 – 日比谷 – 銀座四 – 晴海埠頭)」
- 都営バス「宿75 (新宿駅西口 – 東京女子医大前 – 四谷駅前 – 半蔵門 – 三宅坂)」
半蔵門停留所下車 徒歩 4 分
- 駐車場はございませんので、お車でのご来館はご遠慮ください。
- 日本カメラ博物館とJCIIフォトサロンの入り口は異なりますのでご注意ください。
- 日本カメラ博物館へご来館の際は、お足もとが不自由な旨ご連絡いただければ、エレベーターにてご案内いたします。
- JR東京駅からは、東京メトロ◎丸の内線東京駅→大手町駅にて◎半蔵門線に乗り換えると便利です。